折れそうな心

折れそうな心

新型コロナ変異株の蔓延は、そろそろ峠を越えたのでしょうか?
 
夏休みの終盤から、てらこや新都心の周りからも、次々と感染確認情報が聞こえてくるようになりました。
幼稚園や保育園、塾やスポーツクラブ、ご家族の感染確認や、濃厚接触者の指定、そして自宅療養、自宅待機となった子どもたち・・・・
 
それは、本当に気にかかる情報の嵐のようでした。
 
さらに風評被害防止のためか、情報の規制や箝口令などによる情報不足が、私たちの施設運営の判断を下すことに対する自信にボティブローのようにダメージを与えていきました。
 
そして私たちが拠り所にしていた施設運営上の基本的理念の一つ、「stay with your community」(限られた地域内での交流であれば、感染の爆発的拡大は防止できる)が、崩れ去ったと判断せざるを得ない状況に追い込まれました。
それほど、私たちの周りの「感染の嵐」は凄まじかったのです。
 
先が見えない不安やてらこや新都心が感染源になるかもしれないという恐怖のために、どこに向かって歩いているのかわからない状況がしばらく続きました。
ただひたすら身をすくめ、何もせずに今の場所にじっと小さくなっていたのです。
 
しかも、そんな状況を他の運営スタッフに知らせるわけにはいかないと思い、一人で耐えている状況が続きました。
私の心は折れそうになっていました。
 
そんな中、他の運営スタッフが突然休みました。
倦怠感があるということでしたが、やはりその倦怠感がコロナ感染を思わせたようです。
 
てらこやの運営に自信が持てなくなっている状況で、運営グループ内でそのことについて話し合いました。
そして分かったことは、そのような危機的状況であると感じていることが波動として伝わり、共有され、他のスタッフも同じように体調を崩していたことでした。
 
それが分かった時、新しい勇気が湧いてくるのを感じました。
 
「こんなふうに感じているのは、自分一人ではないんだ。」
 
また少しずつ前を向いて歩く元気を取り戻しつつある今、てらこやを訪れる方の中にもこの「一人ではないんだ」ということを確認するために訪れる方がいることを、自分たちは感覚として理解しました。
 
やはり、てらこやを開けておきたい、必要とする人がいらっしゃるときのために・・・
 
心が折れそうになる状況を経験したいま、そのことが新しい力になっていることを感じるこの頃です。

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